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東京高等裁判所 昭和60年(う)746号 判決 1985年9月19日

被告人 工藤充

昭三七・一二・五生 無職

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井上壽男及び同野田房嗣が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官氏家弘美が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  訴訟手続の法令違反の論旨(控訴趣意第二点)について

所論は要するに、被告人が瀬戸明美から覚せい剤を譲り受けた日について、「昭和五九年三月二五日ころ」との訴因を、「昭和五九年三月二二日ころから同月二五日ころまでの間」との訴因に変更する旨の原審検察官の請求は、公訴事実の同一性を害し、訴因の明示性に欠ける点において、刑訴法三一二条一項、二五六条三項の各規定に違反し、また訴因変更請求権の濫用にあたる不適法なものとして、これを却下すべきであつたのに、右の変更を許可し、その譲り受けの日を「昭和五九年三月二二日ころ」と認定して、被告人に有罪を言い渡した原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかし、所論にかんがみ記録を精査して検討するに、右変更前後の訴因に公訴事実の同一性があり、変更後の訴因の明示性に欠ける点はないこと、また右変更請求が権利の濫用にあたらないこと等については、原判決がその「補足説明」二において詳細に説示しているとおりであつて、右の判示は正当としてこれを肯認することができる。原審がその訴因変更を許可した訴訟手続に、何らの違法があるものではない。

所論は特に、変更後の訴因である「昭和五九年三月二二日ころから同月二五日ころまでの間」においても、瀬戸明美の原審証言によれば、同人と被告人との間には相当回数に及ぶ覚せい剤の取引があつたのであるから、原審検察官の訴因の変更請求は、その間の複数の取引の中から、一つの取引を裁判所に任意に選択させ、これにつき有罪の判決を求めていることに帰する点において、前記各法条に違反する旨を強調している。

しかし、記録中の原審検察官の「冒頭陳述書」及び「訴因変更請求についての理由書」等によれば、原審検察官がその存否につき審判を求めている右両者間の覚せい剤の取引は、両者間で行われた覚せい剤の「最後のしかも同じ日の二回にわたる取引」であり、このことは変更後の訴因についても、一貫して変つておらず、また譲渡人、譲り受けの場所、時刻、譲受量、価格も前後同一であることが明らかである。そして、右「最後の取引」が複数存在することは論理上あり得ず、従つて新旧両訴因は両立し得ないものであるから、この点においても、両訴因の間には公訴事実の同一性があることは明らかというべく、また右のように審判の対象が特定していることに加えて、記録によつて認められる本件訴因の変更請求に至るまでの原審の審理経過等にも徴すると、新訴因の表示が、被告人側の防禦に支障を来たしめるものであつたとは認められない。所論は採用することができない。

以上のとおりであつて、原判決に訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

二  事実誤認の論旨(控訴趣意第一点)について

所論は要するに、被告人は瀬戸明美から、原判示のように、昭和五九年三月二二日ころには覚せい剤を譲り受けた事実がないから、これを肯認した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかし、原審で取り調べた証拠、特に瀬戸明美の原審証言によれば、原判示の被告人の覚せい剤譲り受けの事実を優に認めることができ、当審における事実取調べの結果を加え検討してみても、原判決に事実の誤認があるものとは認められない。

所論は、瀬戸明美の原審証言には信用性がない旨るる主張するけれども、同人は原審における二回の証言において、本件覚せい剤の取引が被告人との最後の取引であつたことを明言し、その取引に至る経緯や、その取引の際の状況等につき、詳細かつ具体的に供述しているのであつて、原判決もその「補足説明」一において説示しているとおり、その証言は全体的にみて、十分の信用に値するものと認められる。

もつとも、関係証拠によれば、被告人は右瀬戸明美との覚せい剤の最後の取引に際しては、いわゆるレンタカーを使用しているところ、被告人がその車両を自己の支配下において使用していたのは、昭和五九年三月一五日から同月二二日ころまでの間であり、なお右車両の名称は「スプリンター」であつたことが明らかであるのに、右瀬戸の原審証言中には、所論も指摘しているように、その最後の取引は同月二五日よりも後の日であつたようにも思うし、なおその際被告人がレンタカーに乗つて来ていたのは間違いないが、その車名は「ミラージユ」であつたように思うとの供述部分があり、それが事実とすれば、右供述部分は客観的な事実に反していることになる。しかし、右瀬戸の原審証言によれば、同人は、被告人が同人方で窃盗を働いていたのを白状させたのが、同月二九日か三〇日ころであつたのを基準にして、被告人との覚せい剤の最後の取引の日は、それよりも大体数日位前であつたように思うと供述しているのであつて、その取引日に関する同人の記憶は本来定かなものではなく、また車両の名称についても、それほど詳しい方ではなかつた旨、同人が自認していること等に徴すると、前記のような供述部分があることの故をもつて、同人の原審証言全体の信用性まで左右されるものとは認められず、その他所論にかんがみ仔細に検討しても、右の信用性に疑問を抱かせる点は全く認められない。

そして、被告人も捜査段階においては、その取引の日はともかくとして、瀬戸明美との最後の覚せい剤の取引が、原判示のとおりのものであつたことを自白しており、その取引に関する自白の内容が、右瀬戸の原審証言に概ね符合していること等に徴すると、原判決が右両名の供述に、その余の関係証拠も総合して、昭和五九年三月二二日ころ右両名の間に、その判示するような二回にわたる覚せい剤の取引が行われたと認定したことに、合理的な疑いを容れる余地は存しない。

以上のとおりであつて、原判決に事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

三  量刑不当の論旨(控訴趣意第三点)について

所論は要するに、被告人の更生の決意等の犯情にかんがみると、原判決の量刑(懲役二年)は重きに失して不当である、というのである。

しかし記録によれば、本件は、既に覚せい剤事犯で保護観察付き執行猶予中の身である被告人が、再び覚せい剤に手を出し、これを譲り受けたという悪質な事案であつて、その数量も軽視できないものであるうえ、被告人には当時覚せい剤の密売に専念していた形跡もあり、その行状は甚だ不良であつたこと等に照らすと、被告人の本件刑責はまことに重いといわざるを得ない。従つて、当審における事実取調べの結果も参酌し、被告人の現在の心情などの所論指摘の諸事情(但し、被告人が本件で逮捕された当時、その就職先が決まつていたとの部分を除く)をできる限り斟酌しても、原判決の量刑は相当であつて、それが重きに失して不当であるとは認められないから、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数のうち四〇日を原判決の本刑に算入することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木史朗 田村承三 本郷元)

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